愛知大学記念館(愛知大学東亜同文書院大学記念センター)

展示室ギャラリー

「松花伴鶴飛」近衞文隆書

「松花伴鶴飛」は禅語で、「松(しょう)花(か)鶴を伴いて飛ぶ」と読み、「千年に一度しか咲かない松の花が、千年も長生きする鶴を伴い大空に舞う光景は、きわめて稀でこれほどめでたいことはない」という意味。
近衞文隆(1915~1956年)は文麿の長男。学習院中等科を卒業後、1932(昭和7)年アメリカに留学、1934年プリンストン大学入学。在学中はゴルフ部に所属、大学選手権に優勝しゴルフ部主将に選ばれる。1938年に帰国し文麿の秘書官となる。1939年2月から6月までの短期間、東亜同文書院学生課に勤務。その後招集され旧満州の砲兵連隊に勤務した。日本敗戦時にソ連軍の捕虜となる。11年間の抑留生活の末、日本へ帰国直前の1956年にソ連で急死した。

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